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名古屋高等裁判所 昭和29年(う)25号 判決 1954年2月25日

控訴人 被告人 佐藤銀作

弁護人 佐野公信

検察官 片岡平太

主文

原判決を破棄する。

被告人を原判示別表一の事実につき罰金二千円に、原判示別表二の事実につき罰金三千円に、原判示別表三の事実につき罰金四千円に、原判示別表四の事実につき罰金三千円に、原判示別表五の事実につき罰金五千円に、原判示別表六の事実につき罰金五千円に、原判示別表七の事実につき罰金八千円に各処する。

右各罰金を完納することができないときは、金五百円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。押収にかかるたばこラツキーストライク四十三カートン(二十本入十個包)、同クール五カートン(二十本入十個包)、同ラツキーストライク四個(二十本入)及び同ラツキーストライク一個(二十本入)(証第七号乃至第十号)は、これを没収する。

被告人より金十二万円を追徴する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人佐野公信の控訴趣意書記載の通りであるから、これを引用する。

論旨前段は、外国製たばこの違反については、たばこ専売法第二十八条第七十二条第一項を以て一切を律すべきものであり、本件について、同法第六十六条第一項第七十一条第一号を適用して処断したのは、法令適用の誤があるというにあるが、たばこ専売法第二十八条第七十二条第一項は、製造たばこ等は、公社の委託又は許可を受けた者でなければ輸入してはならないものであり、その委託又は許可を受けないで輸入をした者を処罰する旨を定めた規定であつて、同法第六十六条第一項第七十一条第一号は、何人も、同法の規定により認められた場合を除く外、公社の売り渡さない製造たばこ等を所有し、所持し、譲り渡し、又は譲り受けてはならないもので、これに違反した者を処罰する旨を定めた規定であるが、本件は、被告人が、法定の除外事由がないのに、専売公社の売り渡さない外国製紙巻たばこラツキーストライク及びクールを沼津市平町百八番地の一川村喜一より受け取つて所持していた事実であるから、同法第六十六条第一項第七十一条第一号に該当することは一点の疑もなく、同法第二十八条第七十二条第一項を適用すべき条件でないことは明らかである。そして、原判決挙示の証拠及び訴訟記録を精査するに原判決には事実の誤認なく、従つて、法令の適用に誤はないので、論旨は理由がない。

論旨後段は、追徴金額が不当であると主張するものであるから、この点について考察するに、たばこ専売法第七十五条第一項は、第七十一条等の犯罪にかかる製造たばこ等は、これを没収する旨を規定し、同第七十五条第二項においては、前項の物件を他に譲り渡し、若しくは消費したとき、又は他にその物件の所有者があつて没収することのできないときは、その価額を追徴する旨を定めているのであるが、右の追徴は、犯人の手よりその犯罪にかかるたばこを没収することができない場合に、没収に代えて、その価格に相当する金額を納付させるために言い渡すもので、犯人をしてその犯罪にかかるたばこに関して利益を得しめないことを目的とするものであるから、犯人がそのたばこを他に譲り渡した場合においては、その譲り渡しによつて得た金員に相当する金額を追徴すべきものであるというべきである。本件において、原判決が被告人より追徴すべき旨を言い渡した金額十八万六千五百五十円は、本件犯罪にかかるたばこ合計千九百二十個(二十本入)より没収の言渡をなした四百八十五個を控除した残りの千四百三十五個について、市版一個の価格百三十円を乗じて得た金額であると認められるが、訴訟記録に徴すれば、被告人が本件犯罪にかかるたばこを他に譲り渡した代金は、一個百三十円の割合ではなく、一個八十四円乃至八十七円位であると認められるので、原判決が前記市販価格一個百三十円の割合によつて算出した金額を以て追徴金額と認定したのは、結局法律の解釈を誤つて法令適用の誤を犯したものというべきものである。よつて、更に進んで、追徴金額を算定するに、訴訟記録によれば、被告人に対する専売監視の質問顛末書第二回添付の販売明細表には、伊藤鉱外六名に対し、昭和二十六年十一月十日以降昭和二十七年七月十三日まで、総数二千六百二個、代金合計二十二万三百三十六円の販売内訳が記載されて居り、その単価は、一個八十円乃至八十七円である旨が記載されているが、本件犯罪にかかるたばこの譲受年月日は昭和二十七年五月六日頃より同年七月二十五日頃までの間であること及び他に譲り譲り渡した個数が千四百三十五個であることを、右販売明細表の販売期間及び数量と対照して考察すると、右販売明細表記載の内容は、本件犯罪にかかるたばこに、それ以前に仕入れたたばこを含めたものの販売の内訳であることが明らかであり、而も本件犯罪にかかるたばこの譲り渡しが、右販売明細表のどれに該当するかを判別することは不可能であると認められるので、本件犯罪にかかるたばこを他に譲り渡した金額を右販売明細表によつて算出することはできないといわなければならない。然し、本件犯罪にかかるたばこの仕入金額は、被告人に対する専売監視の質問顛末書第一回添付の外国たばこ仕入明細表によつて明らかであり、押収にかかる証第七号のラツキーストライク四百三十個及び証第八号のクール五十個は、昭和二十七年七月二十五日頃仕入れた分に該り、又証第九号及び第十号のラツキーストライク五個は、同年七月五日頃仕入れた分の残りであることが認められるので、これ等を除いた分即ち本件犯罪にかかるたばこの内他に譲り渡した千四百三十五個の仕入価格は、右仕入明細表によつて、合計十一万三千六百円であることが明らかであり、なお被告人の検察官に対する供述調書によれば、被告人は、本件犯罪にかかるたばこの取引によつて、七千円位の利益を得たものであることが認められるので、被告人が他に譲り渡した千四百三十五個の譲り渡し代金は、右認定の仕入価格十一万三千六百円と利益七千円の合計額十二万六百円であると認めることができるというべきである。従つて、被告人が譲り渡しによつて得た金員に相当する金額は、十二万六百円であるから、被告人に対しては同額の追徴を言い渡すべきものである。原判決は、前説示の通り法令の適用に誤があり、その誤は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十条に則り、原判決を破棄し、同法第四百条但し書に従つて、当裁判所において自判することとする。

罪となるべき事実並びに証拠の標目は、原判決記載と同一であるから、いずれも、これを引用する。

法令の適用を示すと、被告人の判示所為は、各たばこ専売法第六十六条第一項第七十一条第一号に該当するから、所定刑中罰金刑を選択し、その金額範囲内において、原判示別表一の事実について罰金二千円に、同二の事実について罰金三千円に、同三の事実について罰金四千円に、同四の事実について罰金三千円に、同五の事実について罰金五千円に、同六の事実について罰金五千円に、同七の事実について罰金八千円に各処することとし、右各罰金を完納することができないときは、刑法第十八条に則り、金五百円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置し、押収にかかる証第七号のたばこラツキーストライク四十三カートン(二十本入十個包)及び証第八号の同クール五カートン(二十本入十個包)は、原判示別表七の犯罪にかかるもの、又証第九号の同ラツキーストライク四個(二十本入)及び証第十号の同ラツキーストライク一個(二十本入)は、同第六の犯罪にかかるものの一部であるから、たばこ専売法第七十五条第一項により、これを没収することとし、本件犯罪にかかるその余のたばこ千四百三十五個は、他に譲り渡して没収することができないので、同法第七十五条第二項に従い、前記説示の通り金十二万六百円を被告人より追徴することとし、主文の通り判決する。

(裁判長判事 河野重貞 判事 高橋嘉平 判事 山口正章)

弁護人佐野公信の控訴趣意

(一)原判決は法令の適用を誤つてい、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかである。

原判決は外国製たばこの所持をたばこ専売法第七十一条第一号第六十六条第一項第七十五条を適用しているが之は法令の適用を誤つたものと考える。

外国製たばこについては同法第七十二条第一項第二十八条第七十五条をもつて一切を律するを当然と思料する。即ち密輸入のみを罰すべきで刑罰をこれ以上の所持などに拡大して適用しようとするとたばこ専売法並刑法の適用上矛盾を生ずるのである。以下この点を指摘する。

(イ)本件を例にとつて稽えるに原判決は端的にいつて国家は密輸入を取締り得ない為に大がかりな外国の密輸出者と国内の密輸入者をたばこ専売法の適用から除外して之を温存せしめ巷間大量に流れている為普通の商品のつもりで外国製たばこを所持していた者がそれを譲渡したることによる利益は僅か六千円程度に過ぎず法律上この場合価額をつけ得ない筈なのに金十八万六千五百五十円の追徴を命じてい之れ以外に処理の法がないといつた風である。

之は明らかに追徴の本質に反し法律上価額のない密輸入物資価額を裁判所が判決によつて公定したということになるのである。

これは原判決が外国製たばこの所持についてたばこ専売法第七十一条第一号第六十六条第一項第七十五条を適用したが故に勢いかかる矛盾に陥いるのである。

(ロ)たばこ専売法の規定上本件の如き密輸入の外国製たばこについて第六十六条第一項の「公社の売り渡さない製造たばこ」の範疇に入れようと思うと右(イ)の矛盾にぶつかる結果になる。本件の如き密輸入の外国製たばこは同法第七十二条の「公社の委託又は許可を受けないで製造たばこを輸入した」に該ると為すことによつて第七十五条第二項の追徴の価額も第七十二条第二項に明定せられていて些の矛盾も露呈しないのである。

(ハ)本件の如き密輸入の外国製たばこについて原判決のように同法第七十一条第一号第六十六条第一項第七十五条を適用するとなると前示(イ)の矛盾の外に更らに次の様な矛盾を加える事になるのである(ロ)に述べた様に外国製たばこにつき「公社の売り渡さない製造たばこ」として本件の如き所持を罰するとなると仮りにたばこの密輸入を為したものが他え譲渡した場合同法第七十二条第二項に明示するように製造たばこの仕入地における原価に荷造費、運賃費、保険料その他輸入地に到着するまでの諸費及び輸入税に相当する金額を加えたものが当該たばこの価額とされて罰金や追徴の金額算出の基礎になるのに対して一且譲渡を受けて所持するものに対しては同じ同法第七十五条第二項の条文に価額追徴とあり之によらざるを得ないのにそれを算定する基準が法律上不明で曖昧極まるという事である。纒つた法律の規定体系上こうしたことはあり得ないことといわねばならない。専売法が密輸入にかかる外国製たばこと内国製たばこの取扱いを甄別している事はこの点からも明らかなところである。従来裁判所が両者を混淆した取扱いをしたとすれば其は安易に倚つた甚だしい牽強附会を敢えてしたものである。本件はかくして原判決の判示するたばこ専売法第七十一条第一号第六十六条第一項第七十五条を適用すべき事案でなく従つて無罪の言渡あるべきものと信じる。

(二)原判決には理由不備がある。

本件は(一)に述べた理由から当然無罪となるべき事案と信じるが仮りに百歩を譲つて其の点の瑕疵は癒されたものとして原判決を稽えるに判決の一部に理由を附しないでいる事が明瞭である。左に述べる。

原判決はその主文の第四項において「被告人より金十八万六千五百五十円を追徴する」としている判文上たばこ専売法第七十五条第二項に則つて追徴したことは明らかである。しかし原判決は追徴金額たる没収し得ないたばこの価額を何によつて算出したものか之を明らかにしていない。しかも追徴は犯罪による不法な利益を犯人の手許にとどめしめぬ為というのが目的なのに原判決は所持していたものを譲渡して六千円程度の利益を得たに過ぎぬ所持者の被告人に金十八万六千五百五十円という追徴を課して追徴の本来の目的より完全に逸脱しているのである。十万円の賄路を収受したものが十万円を追徴される、これは当然でこれが追徴の本来の姿である。この事はたばこ専売法の追徴であつても全然同様である。被告は普通の商品位に思つて代金後払の約で買つて売つたのである。其の売却値段と仕入値段との差額が被告の利益であるところの約六千円の金額なのである。但しそれも譲渡行為があつての事である。原判決判示のとおり所持だけなら買つたものだから何ら犯罪による不法な利益は未だ存しないのである。以上に述べたとおりであるから原判決を破棄せられて最も良心的な又最も論理的な無罪判決を為される事を期待する。其以外の有罪判決は非法律的であり非論理的である。

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